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Daisuke Bundo

Daisuke Bundo

分藤大翼
アフリカの熱帯雨林でBaka族の調査研究と記録映画の制作をおこなっています。
長野県松本市在住。

 

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ピグミーの森の音楽

「ピグミーの森の音楽」 (『ソトコト』2005年12月号: 44-49頁に掲載)

懐中電灯で足元を照らしながら小屋の裏にまわる。頭上をおおう黒々とした木々を見上げながら、暗闇に向かって用をたしていると、地面にはねかえる音が無数の音に吸い込まれてゆく。ひしめく音に耳を澄ますと、少しずつ音の重なりが聞き分けられるようになってくる。


DSC00003_convert ロミエの夕空


リューーーと続くやさしい音や、チッ!チッ!チッ!という金属を打ちつけるような音、ピィッ、ピィッ、ピィッという鋭い音、さらにリィリィ、フィリリリ、リッリッリーと微妙に異なる音など、夜明け前の森のサウンドスケープは、多様な虫の音によって占められている。6時をまわり空が白みはじめると、今度は鳥のさえずりが次第に森を満たしてゆく。その鳴き声はあまりに多様で精妙なため、とても書き記すことはできない。
この早朝の音は、さっきまで自分が熟睡していたのが不思議に思えるほど大きい。実際に測定をおこなった研究によると、森の音は都市で容認される騒音の限界を越えているという。また、それでも人が熟睡できる理由は、森では多くの音が複雑に変化しながら持続しており、癒しの効果をもつ高周波が多く含まれているからだという。つまり、人がうるさいと感じるのは音の量ではなく、音の質によるということだ。確かに、実感として森の音は快適で、様々な音が耳に入ってくる感覚は、深呼吸に似た心地よさがある。逆に言うと、都市の音は聞き心地が悪く、そのため無意識のうちに聴覚を萎縮させてしまっているのかもしれない。

虫の音、鳥の声に続いて、人々が活動を始めると、森のサウンドスケープは大きく変化する。放し飼いにされているニワトリがけたたましく鳴き、夜が明けると、赤ん坊のむずかる声と親のなだめる声が聞こえてくる。しばらくするとガサガサと戸を動かす音がして、ゆっくりと人々が出てくる。バキッ!ゴトゴトッという木を叩き割る音や、水を汲みに行く女たちが交わす挨拶の声が響く。多くの男たちは長いすのある場所にたむろして、火を起こし、暖をとりながら一服する。女たちは家の中で薪を組んで鍋をかけ、朝食の準備を始める。主食のプランテン・バナナ(調理用のバナナ)やキャッサバ(芋の類)をかじって朝食を終えると、女たちは大きな籠を持って出かけてゆく。そして男たちも鉈を手に森へと向かう。

この人々が、太古よりこの森で暮らす「ピグミー」と呼ばれる人々である。ピグミーという言葉は「肘から手までの長さ」という意味であり、つまり「小さい人」ということである。事実、彼らの平均身長は150cm前後である。そして、この体が小さいという特徴は、森の中で活動する上で有利だと考えられることから、ピグミーは数千年にわたって森という環境に適応してきた人々だとされている。現在でも、鍋釜や刃物などの金属製品や衣類、塩といったものの他は、彼らは生活に必要な物のほとんどを森から得ている。食料はもちろんのこと、薬草や家の建材、籠や寝床に敷く茣蓙など、日用品のほとんどを森から手に入れている。ピグミーは近年になって定住化し農耕も始めているが、かつては決まった住処をもたず、森の中を移動しながら狩猟や採集によって生活していた。今日でも彼らは、季節によって数週間から数ヶ月にわたって森の中で狩猟採集生活をしている。

森の中 エミリ


人々が森へと出かけてゆくにつれて、集落の生活音は少なくなり、かわってクォックォッ、チュンチュン、ピッピピピッピピピヒョロと何種類もの鳥の鳴き声が聞こえてくる。身の回りにはハチやアブなどの羽音が絶えず、昼間からスズムシも鳴いている。時折、集落に残っている人々の低い話し声や子供のコロコロとしたかわいい声がする。日に数台通る車のエンジン音が数百メートル先から地鳴りのように響き、あらゆる音をかき消しながら轟音を立てて走り去る。都市では当たり前の音が、森ではひどく間違った音のように聞こえる。

昼をすぎると少しずつ人々が帰ってくる。手ぶらの人、木の実やキノコ、魚やエビを手にしている人、罠にかかった動物を肩からぶら下げている人、籠いっぱいにバナナや芋を背負っている人、酔っ払った人、など様々である。そして、夕刻には集落は一様にくつろいだ雰囲気になり、男たちは煙草を吹かしながらおしゃべりに興じ、女たちも夕食の準備をしながらゆったりと過ごす。そして、子供たちも少し涼しくなった集落の中で、追いかけあったり、手製の車を転がしたりして遊ぶ。日が暮れると、また耳がしびれるほどの虫の音が地面から沸き立ってくる。そして、あちらこちらから話し声や楽しそうな笑い声が聞こえてくる。その様子からは、人の声が、とても大切なメディアでありサウンドスケープであることが分かる。また、抑揚に富んだ彼らの話し声は、時にとても音楽的に聞こえることがある。夕食後の団らんが一区切りつく頃、ポンッ!ポンッ!と少年たちが戯れに太鼓を叩きはじめる。

ピグミーに関する最も古い記録とみなされているのは、ナイルの源、「樹木の国」に住む「神の踊り子」という、紀元前2400年頃の古代エジプト王朝の記録である。既にこの頃から、ピグミーは優れて音楽的な人々と見なされていたのである。今日では、ピグミーの音楽は最も有名な民族音楽の一つとして、世界中で数十枚のレコード・CDが発売され、多くの人によって聞かれている。

ピグミーの伝統的な音楽では、旋律楽器は用いず、太鼓を中心とした打楽器を使用する。また、歌には掛け声のようなものはあるが、歌詞といえるようなものはなく、ヨーデル風の特有の裏声によって、一定の長さの旋律が繰り返し歌われる。そして、4つほどの声部が自在に変化しながら同時に歌われるポリフォニー(多声音楽)と、複数の独立したリズムが同時に刻まれ、一定の周期で合致するというポリリズムの形式を特徴としている。この技術は西洋音楽では14、15世紀にならないと実現しなかったような高度なものだという。このように、ピグミーの音楽は歌詞の意味を伝えるようなものではなく、太鼓の音や歌声を、正確にずらしながら重ね合わせ、それらの音の総体を楽しむというものである。そして、そのような音楽の技術やセンスは、練習して身につけるようなものではなく、幼い頃から歌と踊りに参加することで自然に身につき、世代を越えて受け継がれていくものなのである。

少年が叩きはじめた太鼓は、徐々に年長者へと引き継がれ、次第に強く正確なリズムで叩かれるようになってゆく。そこへ女性たちが集まってきて静かに歌いはじめる。その歌声が厚みをおびてきた頃に出かけると、近づくにつれ虫の音が太鼓の音と歌声に覆われてゆくのが分かる。そして、現場に到着し人々の間に身を置くと、女性たちの体から立ちのぼる歌声にびっしりと囲まれ、波動として響いてくる太鼓の音に全身を揺さぶられる。そして、目の前では奇妙な衣装をまとった者が踊り、その動きに応じて人々の笑い声や叫び声が上がる。このように、ピグミーの音楽は耳だけで聞くものではなく、空間の高鳴りを全身で体感するものである。時に数km先までとどろく活気は、CDなどのメディアでは、とうてい伝えられるものではない。


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ピグミーの社会では、この衣装をまとった踊り手は森の「精霊」だとされている。そして、旋律や太鼓のリズム、衣装や踊りなどは、男性が森や夢の中で精霊から教わるといわれている。つまり、新たな音楽は精霊との出会いを通じて生まれるのである。そして、あるものは残り、あるものは廃れてゆく。精霊の数は確認できているだけでも100を優に越えており、しかも一つの精霊は複数の旋律をもたらすため、これまでに生成・消滅した音楽はたいへんな数にのぼると思われる。また、この音楽をもたらす精霊は、人々を危険から守ったり、病を治したりもする。また、人は死ぬと精霊になると考えられているため、精霊は死者(先祖)とも重なってくる。そして、生者は精霊が踊る際には、そのパフォーマンスを盛り立て、精霊を守らなければならないとされている。つまり、精霊(死者)が生者を守ることと、生者が精霊(死者)を守ることが対をなしているのである。以上が精霊のもたらす音楽の成り立ちであるが、この営みが長年にわたって持続している秘訣は、実は意外なところに隠されている。

レコードやCDでピグミーの音楽を聞いていると、あたかも彼らの音楽には始まりと終わりがあり、その間は多くの者が一丸となって歌っているように聞こえる。しかし、それは制作者によって演出・編集がほどこされているためである。実際のピグミー音楽は、初めの太鼓の音から何時間もかけて人が集まる中で始まり、途中で何度も休止しながら数時間、時には夜を徹して行われ、最後は人が少なくなってきたところで終わる。その間、レコードやCDに収録されているような盛り上がりを見せるのは、せいぜい数分から数十分程度である。そして、その時ですら彼(女)らは一丸となって歌い踊っているわけではない。人々の行動を詳細に記録・分析したところ、実際に女性が歌っているのは、数時間にわたって行われる歌と踊りの2割ほどの時間でしかなく、男性が精霊の踊りを盛り立てているのは5割ほどの時間にすぎないということが明らかになった。つまり、人々は大半の時間を歌と踊り以外のことをして過ごしているのだ。それは、他の人が歌い踊っている最中であっても、お構いなしにしゃべっていたり、黙って見ていたり、あるいはどこかへ行ってしまったりしているということである。つまり、出入りは自由、どこから始めて、どこで止めてもよいというのが、彼らの音楽のやり方なのである。あくまでも自分が楽しむために参加する。そして、その事を他の人にも認めるという態度が一貫しているのである。その結果、歌や踊りが盛り上がらないことがあったとしても、それは仕方がないことだというのが彼らの心得なのである。この柔軟な態度が、歌や踊り、精霊を守らなければならないという負担を軽減し、結果的にたいへんな盛り上がりを実現したり、彼らの音楽を持続的なものにしていると考えられる。バラバラでいることで、ゆるやかなまとまりを実現する。この歌と踊りの場で顕著に見られる共生の技法は、ピグミー社会の成り立ちとも深く関わっている。

身近な自然が奏でるサウンドスケープを、音楽に取り込んでいる民族は世界中にいるという。ピグミーの場合については、実はまだよく分かっていないのだが、直感的には森のサウンドスケープとピグミーの音楽は、とてもよく似ていると思える。あるいは、長年にわたって森と共に生きてきた彼らの音楽は、人々の意識を越えて、既に森のサウンドスケープと重なり合っていると考えるべきなのかもしれない。人と森と音楽が相互に響きあう関係が実現している。それが、「ピグミーの森の音楽」なのである。


参考文献
市川光雄・佐藤弘明編 『森と人の共存世界』京都大学学術出版会 2001
大橋力   『音と文明』岩波書店 2003
山田陽一編 『自然の音・文化の音』昭和堂 2000



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