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Daisuke Bundo

Daisuke Bundo

分藤大翼
アフリカの熱帯雨林でBaka族の調査研究と記録映画の制作をおこなっています。
長野県松本市在住。

 

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カメルーン映画紹介(1)

アフリカの光を受けとめるために -映画監督シリル・マッソ氏の紹介をつうじて- (『アフリカNOW』2006年75号:16-21頁に掲載)

■はじめに
 四隅が擦り切れた緑色のパスポート。出入国をしめす数多くのスタンプからは、持ち主が国際的に活躍していることが見てとれる。身長182㎝。若々しく精悍な面立ちの顔写真からは、映画制作を学ぶためにフランスへ渡った当時の意気込みが感じられる。シリル・マッソ(Cyrille Masso)。カメルーンを代表する映画監督・プロデューサーに成長した彼は、今では恰幅が良く、少しふっくらとした顔とあいまって大仏様のようにも見える。表情も穏やかで、少し高い声は彼自身が言うように女性的ですらある。よく話し、よく笑う。2006年11月8日に初来日を果たし、一週間にわたってシンポジウムや上映会に参加した。それぞれの場で、彼は自分の作品について、また近年のアフリカ、カメルーンの映画制作の状況について精力的に語った。本稿では、マッソ氏の来日の経緯や、作品を紹介するために筆者が主催した上映会について、そして彼の作品や語りに映し出され、私たちに投げかけられた事柄について紹介する。


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■監督の経歴
 1971年、カメルーン共和国の首都ヤウンデに生まれたマッソ氏は、貿易関係の仕事をしていた父のもと裕福な家庭に育った。映画を見る機会も多く、チャールズ・チャップリンの作品やハリウッド映画、カンフー映画などをよく見ていたという。映画の制作を夢見るようになったのは11歳の頃。身近にあるビニールの袋に絵を描き懐中電灯で照らして、部屋の壁に映る影を見ながら活弁遊びをしていたという。また高校時代には、映画サークルを作って仲間と映画談義にふけっていた。1993年、大学入学資格を取得しヤウンデ大学の人文学部に入学。歴史学を専攻していたが、2年生のころ大学のストライキや父親が亡くなるという出来事が重なり、またなによりも映画の制作を学ぶために自主退学する。その後、ヤウンデにあるラジオやテレビ番組の制作会社・学校などで修練を積みながら、本格的に学ぶために留学の申請を繰り返した。転機となったのは、1998年にエリート校として世界的に有名なフランス国立高等映画学院(La fémis, école nationale supérieure des métiers de l'image et du son)に入学を認められたことだった。奨学金を得て約一年半パリに滞在し映画漬けの日々を送る。修了後、ヨーロッパで仕事を続ける道もあったが、カメルーンに帰る道を選択する。帰国後、1999年にプロダクション「MALO PICTURES」をヤウンデに設立。国内外からの依頼をうけて制作を開始する。2001年に自主制作したドキュメンタリー映画『ガラスの値段』が世界の数多くの映画祭で高く評価される。そして今年、構想から10年をかけた長編劇映画の処女作『告白』を完成させた。


■招聘の経緯
 マッソ氏を招聘した経緯について述べるには、筆者自身のことについて少し記す必要がある。筆者は文化人類学を専攻する研究者として、1996年よりカメルーン共和国東部州の熱帯雨林地域で狩猟採集民バカ(Baka)の調査・研究をおこなっている。また、2002年より調査集落の人々を対象にドキュメンタリー映画の制作をおこなっている。現在バカの人々が暮らす熱帯雨林は、一方で木材伐採や鉱物の採掘が、他方で森を守るための国立公園化が進んでいる。前者はバカの人々の生活環境を破壊しており、後者は狩猟をはじめとする生活を制限している。このような事態が進行すれば、バカの人々は従来の生活を続けることが難しくなる。筆者は森に生きる人々の現状を外の世界に知らせる役割を担ってゆきたいと思っている。また、今後のバカの人々の処遇は、メディアにおける扱いにも大きく左右されると考えられる。そのため、カメルーンのメディア関係者、とりわけ映像作家と連携する必要を筆者は強く感じている。筆者のような者は、政情の悪化などの理由であえなく入国できなくなってしまう。今後数十年に渡って協働できる仲間が、是非ともカメルーンの国内に必要なのである。そのような思いからインターネット上で若手の映像作家の情報を調べるようになり、その過程で浮かび上がってきたのがマッソ氏であった。カメルーンを拠点にして国内外で活躍している彼のことは、いくつもの記事として紹介されていた。2006年2月20日、「From Japan」という件名で自己紹介の電子メールを送ったところ、2日後に「Sun shine from Cameroun」という件名で好意的な返事が返ってきた。しかし、この時点では「カメルーンで会いましょう」という話にとどまっていた。事態が展開するのは4月に入ってからのことである。
 文部科学省の事業「21世紀COEプログラム」に採択されている京都大学大学院アジア・アフリカ地域研究研究科と京都大学東南アジア研究所が11月に国際シンポジウムを主催することになり、その一部門として海外から映像人類学者や映像作家を招聘して作品の上映と討議をおこなうという計画がもちあがった。そして、その部門の担当者からアフリカの映像作家について相談があり、マッソ氏の名前を挙げたところ、筆者が招聘を担当することになったのである。渡航費と滞在費をあわせて30万円を越える助成金と、ビザの取得にかかる書類作成の協力が得られることになって、はじめて招聘は実現に向けて動き出した。そして、6月末に作品のDVDを送ってもらうことで、シンポジウムとは別に自主企画で上映会を開催することを考えはじめた。
 送ってもらった作品は、インターネット上で調べた中で国際的な評価が最も高い『ガラスの値段』(原題:Au Prix du Verre)というドキュメンタリー作品と、最新作で現在プロモーション中の『告白』(原題:Confidences)というフィクション作品だった。シンポジウムでは作品の内容や時間の都合などから『ガラスの値段』を上映することをあらかじめ決めていた。しかし、両作品を視聴したところ、いずれも多くの方に見てもらう価値がある作品だと思えた。
 第一の理由は、日本で紹介されるアフリカは、大自然とそこに生きる人々、あるいは紛争や飢餓、病などで死にゆく人々の姿がほとんどであるのに対して、マッソ氏の作品はいずれも「アフリカの都市に生きる人々の姿」を描いているということであった。第二の理由は、その作品がアフリカに生まれ育ち、現在もアフリカに暮らしている作家によって制作されているということであった。近年アフリカを対象とした映画やテレビ番組が上映・放映される機会が増えているが、それらは日本や欧米の作家や制作会社によって作られているものがほとんどである。また、アフリカ出身の作家であっても主にヨーロッパに活動の拠点を置いている作家が多い。そのような状況を踏まえれば、アフリカに拠点を置いてアフリカの人々を描いているマッソ氏の作品は、それだけでも貴重であるといえる。また作品中にはアフリカを内側から見据えていると感じられる映像が随所にあり、外側から覗き込むような映像に慣らされている目にはとても新鮮に映った。ほとんど知られていないアフリカの姿が、そこにはあった。上映会を企画した第三の理由は、なによりも監督とともに作品について話ができるということであった。筆者自身、作品を視聴することで監督に聞きたいことをたくさん抱え込むことになった。そして、作品を見て思ったこと感じたことについて、多くの方々とともに監督を囲んで話し合いたいという思いが高まった。もちろんマッソ氏も多くの人に見てもらうことを望んでおり、感想を聞きたがっていた。映画をきっかけにして現代のアフリカについて、また同時代に生きる私たちが抱える問題や可能性について考えることができるのではないかと思った。
 上映会を開催する。その思いは多くの方々に支えられて、11月11日に京都で、14日に東京で実現した。ともに60名を越える観客とともに作品を視聴し、語り合うことができた。御協力いただいたアンケートには、有意義な会であったことが様々に書きとめられていた。上映も対話も既に過去の出来事となってしまったが、その場に居合わせることができなかった方のために、また未来の機会に向けて、上映した2作品について、監督から聞いた話もあわせて紹介したいと思う。


■『ガラスの値段』について
 ドキュメンタリー作品『ガラスの値段』は24分の短編である。ヤウンデ郊外のゴミの不法投棄場で、ガラスの破片を拾って回収業者に売るという仕事をしている女性たちの姿が描かれている。劣悪な労働環境で、仲買人や偽の土地所有者に搾取されながらも、ひたむきに働き果敢に取引をする女性たちを描く作品は、都市に生きる人々の生活の一端を鮮やかに映し出している。

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 この映画の制作は、フランスでの映画制作の研修を終えて1999年にカメルーンに帰国したマッソ氏が、町中で一人の女性と出会ったことから始まった。その女性はゴミの投棄場で働いていた。その事実にショックを受けたマッソ氏は、その女性が属するグループを対象に映画を作ることを決意し、女性たちのもとに通い始める。しかし、初めの3ヶ月は制作の趣旨を説明するものの撮影はさせてもらえなかったという。そのうちお金を払うのであれば撮ってもよいといわれ、グループの口座に少額ずつ支払うことで撮影が始まった。5ヶ月を過ぎた頃、一人の女性が本当のことを語りはじめた。子どものこと、夫のこと、仕事のこと。それまでは「何も問題はない、話すことはない」といっていた女性たちが、苦しい境遇について口々に語りはじめた。後に完成する作品は、この女性たちの語りによって骨格を与えられることになる。「信頼関係が生まれた結果、カメラにではなく、私に向かって話してくれた。辛抱強く関わりを持ち続けたおかげだった」とマッソ氏は当時を振り返る。それまでは撮影はしていたものの、作品のテーマは定まっていなかったという。しかし、この頃から「妻であり、友人であり、同胞である彼女たちの生活」を描きたいと強く思うようになったという。それから18ヶ月間、撮影は断続的におこなわれた。

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 2001年、撮りためた10時間ほどの映像素材をもとに編集作業が始まった。一年間の困難な作業の過程で、初めは52分、次に30分、そして最終的に24分の作品になった。編集の過程でカットしたシーンの中には、亡くなった子どもを埋葬するシーンや、ある女性がガラスで大きな傷を負ってしまうシーンもあったという。作品の中でマッソ氏は女性たちが置かれている現状を「語り」によって明らかにするとともに、「映像」としては悲惨な光景よりも、力強く働く女性たちの姿を多く取り上げている。そうすることによって、都市に生きる人々の日常を描き出そうとしたのである。
筆者が最も感心し、またマッソ氏が作品の精神が表れていると語ったのは冒頭のシーンである。ヤウンデ郊外に残る熱帯林が映し出され、鳥の鳴き声とバラフォン(木琴)の穏やかで陽気な音楽が流れる。次に音楽はそのままにゴミの山々と、その傍らにガラスの破片が入った大きな白い袋が整然と積まれている光景が映し出される。貧しい女性たちがそこで働いているというナレーションが入り、続々と集まってくる女性たちと、彼女たちが一日の始まりを祝うかのように抱き合って挨拶をかわすシーンが続く。この朝の情景は、これから始まる過酷な労働を際だたせるというよりは、働くことに喜びを見出している人々の姿を率直に描き出している。これは、マッソ氏が彼女たちの「生きる力」に対する共感と敬意を作品のモチーフとしていることの表れである。そのために、悲惨な現状を描くことや、それを告発することだけをモチーフとする作品では削除されるようなシーンが、堂々と冒頭に据えられているのである。 

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 この作品は、当初カメルーン国内で上映される見込みはなく、制作費も全て自費でまかなったという。国外の数々の映画祭で高く評価されたことで、国内でも認められるようになり、今年になってカメルーン国営放送でもテレビ放映されたという。この作品には女性たちの置かれている状況を改善するという狙いも込められていたが、作品中に出てきたゴミの投棄場は、作品がカメルーン国内で認められるよりも前に、NGOや政府当局によって2004年に閉鎖されることになった。問題を封じ込めようとするこの動きは、むろん問題の解決にはなっていない。女性たちは職を失ったのである。のちに女性たちは、ある者は主婦となり、ある者は転職を模索しているという。マッソ氏は今なお4、5名の女性とは連絡をとっており、彼女たちのグループに転職の資金を提供する試みもおこなっている。しかし、グループ内の年長者と年少者の間に確執があったり、資金を使い込んでしまう者がでたりと、支援にも難しい問題があるという。
 作品の原題であるAu Prix du Verreという言葉には、「ガラスと引き替えに」という意味がある。撮影を妨害されたり、機材を盗まれたり、誤って投獄されたりといった、マッソ氏が制作の過程で身に受けた代償や、女性たちがゴミの不法投棄場の内と外で何を得て何を失っているのかという問題は未解決のままである。『ガラスの値段』は、そのようなことを考えるきっかけを与えてくれる作品なのである。


■『告白』について
 今年完成したばかりの『告白』は、マッソ氏の長編劇映画デビュー作である。カメルーン文化省やフランス外務省(Le Fonds Images Afrique)、スウェーデンのイェーテボリ国際映画祭などから資金を得て本格的に制作された作品である。10年も前から構想し6度脚本を書き直して制作に臨んだという。高品位のデジタルビデオHDCAMを使って制作されたアフリカで2番目の作品でもあり、脚本の執筆、役者の演出、カメラワークの指示など、フランスのエリート映画学校で学んだマッソ氏の面目躍如たる作品となっている。撮影後の作業の一部はフランスでもおこなっているが、撮影は全てカメルーンの首都ヤウンデでおこなわれている。「都市に生きる若者と麻薬の問題」が主要なテーマとなっており、若者の生活を内側から描いた稀な作品として既に高い評価を受けている。

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 制作の着想を得た1997年、当時マッソ氏は若者の生活を向上させるための開発グループと仕事をしていた。そのころ取り上げられていた若者の問題は主にHIV/AIDSのことだった。そのような中、ヤウンデの中央病院で一人の麻薬中毒患者の青年に出会い、その青年から若者を取り巻く麻薬の実態を教えられることになる。青年の話はマッソ氏が高校生の頃、学校にいた不良グループの生活ぶりを想起させるものだった。そこで、青年の話と高校時代の記憶を重ね合わせることで脚本の構想を練り上げていった。今日でもカメルーン社会では、麻薬の問題は「自分とは関係ないこと」として、一般にはほとんど話題にならないという。つまり、麻薬の問題は実質的にタブーになっているという。しかし、麻薬が蔓延している状況については厚生省の報告書も出ており、マッソ氏も警察に同行し麻薬の取引について取材を重ねる中で、事態の深刻さに改めて気がついたという。そして、その実態を明らかにし、若者たちに麻薬に手を出さないように呼びかける映画を作ることにしたのである。
 また、若者が麻薬の取引に巻き込まれてゆく背景として家庭の問題があることも訴えたいことの一つだったという。そのため、作品中の主要な登場人物である3人の高校生には、それぞれに大きく異なる家庭環境が設定されている。マッソ氏はそれらの家族の姿を描くことでカメルーン社会の縮図を提示しようとしたという。まず主人公のモトは両親と妹がいる貧しい家庭の青年である。そして、彼のまずしさに付け込んで麻薬の世界に引き入れるアナニという人物は、幼い頃に両親に捨てられ、生きるために麻薬の世界に入った青年である。そしてモトの恋人であるリタは家政婦のいる裕福な家庭の子女である。物語はアナニが麻薬の世界で命をおとし、モトがリタの助けによって命拾いをし、麻薬に手を出した顛末をかくまわれた教会で告白するという筋になっている。
 マッソ氏は境遇の異なる3者を様々な意味を込めて描いている。例えば、貧しい国と悪しき協力関係を結ぼうとする国があるということ。豊かな国が貧しい国を助ける、立ち直るチャンスを与える必要があるということ。間違いを犯した者も、自らの非を認め告白すれば、またそれを聞き入れてくれるような信頼できる相手がいれば更正は可能であるということなどである。「主人公のモトはアフリカの若者の象徴です。作品を見る若者たちに、絶望的な状況にあっても希望を持たなければいけないということを訴えたい」とマッソ氏は語った。

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 物語の中で裕福な家庭にいるリタがヨーロッパへの留学を両親に勧められ、それを断るという場面がある。このシーンにはカメルーンにとどまって映画制作を続けているマッソ氏自身の思いが込められているという。「カメルーン社会を外からではなく内から、自分たちの力で変えてゆきたい」、作品の原題であるConfidencesに複数のsを付けた理由は、この作品は自分自身の「告白」の物語でもあるからだとマッソ氏は笑顔で語った。作品は既にカメルーン国内の主要な都市にあるフランスの文化機関で上映され多くの観客に支持されているという。「映画を見た多くの若者たちは、映画のなかに自分を、自分が生きている社会を認めたのだ」とマッソ氏はカメルーンの人々に作品を見てもらえた喜びを語った。ペダゴジック(教育的)な作品であることをマッソ氏はためらいなく肯定している。『告白』は映画の力を信じる作家の熱意と、その力を必要としているアフリカの人々の思いが感じられる作品なのである。

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■カメルーン映画産業の現状
 上述した作品もカメルーンの映画館で上映される可能性は低いという。そもそも映画館の数が主要な3つの都市に一つずつしかなく、通常上映されているのはアメリカか同じアフリカでもナイジェリアの映画だという。マッソ氏はカメルーンの映画産業が盛んになることを願っており、資金を集めて新たなスタッフの養成や新人の作家に制作の機会を与えようとしている。「1980年代末の経済危機からカメルーン政府は橋や病院などのインフラにはお金を出すが文化にはお金を出さなくなった。作家を支援すれば社会全体のメンタリティを向上させることができるのに。映画はサッカーよりも文化の面で貢献するはずだ」とマッソ氏は語った。そして、近年カメルーン経済は持ち直しているので可能性はあると付け加えた。
 カメルーン映画産業の現状について聞いたところ、近年のデジタル化にともなう機材の低価格化は革命的だといい、『告白』を制作できたのもデジタル・ビデオのおかげであり、映画の制作・配給・上映の状況はアフリカでもまったく新しい段階に入っていると述べた。そして、デジタル・ビデオがなければ第三世界で活動する作家は、日本やアメリカ、フランスの作家とどのように競えばよいのかと言った上で、「アフリカには固有の文化がある。画像の質に問題がなくなった今、インターネットを使えばどこにでも作品を送り、見せることができる。もはや欠けているものはなにもない」と力強く語った。


■アフリカの映画作家を支援するために
 しかし、彼のような作家の作品も実際には、ヨーロッパの映画祭で上映されるにとどまっており、アジア、日本で上映される機会は稀である。市場と言語の事情でアフリカの作家にとってアジア地域は魅力に乏しいのかもしれない。けれども、今回のように招聘すれば来てくれるし、作品の上映にも積極的に協力してくれるケースもある。やはり、こちら側の働きかけにかかっているということだ。
 では、マッソ氏のような作家の作品を日本で上映する、また創作を支援するためにはどうすればよいのだろうか。実はこの点においても、映像機材のデジタル化は大きな効果をもたらしている。海を越えてフィルムをやり取りしていた時代とは手間もコストも格段に軽減されているのである。今回筆者が開催した上映会の場合、先に述べたようにインターネット上で作家を見つけ出し、電子メールで連絡をとって、DVDを送ってもらうことから始まった。次に上映の質を上げるために、MiniDVテープにダビングした作品を送ってもらい、業者に依頼してPALからNTSCに方式変換した後、自宅のパソコンに取り込んで調整、字幕の作成をおこなった。上映に際しても会場の視聴覚機材とminiDVテープの再生機を繋ぐだけで上映することができた。
 上映会のスタッフの確保は、はじめての企画だったためにあてがなく、また思ったように協力が得られず難航したが、インターネットを使った呼びかけや、知人のつてを頼ってお願いしたところ、多くの方に協力していただけた。東京の上映会ではマッソ氏の対談相手としてアフリカの都市文化を研究されている鈴木裕之氏(国士舘大学教授)に来ていただいた。また、大学の学部学生を中心とする団体の方々が当日のスタッフとして参加してくれた。広報も手探りの状態からはじめたが、映画関係者や経験者の方に相談してアドバイスをいただいた。インターネット、チラシ、各種報道機関への企画書の送付など、できるだけのことは試みた。諸経費がかさんだが、上映会に来て下さった方々の入場料でかなりな程度まかなうことができた。その結果、マッソ氏にも少額ながら報酬を支払うことができた。
 運営の組織や広報のネットワークを整備して、より多くの方に来ていただけるようになれば、上映会の収益金をアフリカの作家の支援にあてることができる。また、テレビ局や制作会社と交渉し、作品の放映料などを得ることができれば、さらに作家の支援になるだろう。アフリカの作家にとって、日本はなんといっても映像機材の生産国である。機材は低価格化したとはいえ、まだまだ高価な代物である。デジタル化によるアフリカの映画制作の活況を企業に伝えることによって、機材の提供を依頼することもできるのではないだろうか。また、アフリカで上映会を開催するためにはプロジェクターとスピーカーがあればよい。これも支援が可能なことの一つである。カメルーン国内での上映を強く望んでいるマッソ氏が必要なものとして挙げたものも、やはりプロジェクターだった。
 今日アフリカと日本の間では、映画を通じてパートナーシップを結ぶ未曾有のチャンスが到来している。アフリカに続々と映画作家や作品が誕生している今、できることからはじめてみれば、互いに得るものは想像を越えるに違いない。アフリカに関わる者として、映画を制作する者として、筆者はこれからも多くの方の協力を得ながら、できるだけのことを行ってゆくつもりである。

追記:
本稿で紹介した作品の上映を希望される方は御連絡ください。
分藤 大翼 bundo@shinshu-u.ac.jp



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